晩夏というのか、初秋というのか。

こころ館研究員吉田です。


先週あたり、夏が終わる時が来るのかと思うほどの暑さが続いていたのに、

九月の声を天が聞いたかの如く、何だか今日はめっきり秋の気配。


僭越ながら私について。

今から始まるこの「秋」という季節が私は大好きだ。

遠い日は、恋の予感がする「春」が一番好きだった。

(誰もキョーミない)

夏が去っていくこの季節が、泣きたいくらいに嫌いだと言う友達もいる。

人ぞれぞれ春夏秋冬好きな季節がみんな違う。理由もそれぞれ違う。


色んな人が色んな感性を持ってこの世の中に集っている。

自分の目で見ていること、耳で聞いていること

心で感じること、十人十色。


こころ館の講座に、最近よく登場する教材絵本。

心を感じるためツールの一つとして

代表松原が書いた絵本「ひとつであるもの」。

朗読を心の耳で聴くマインドフルな時間。


この朗読のあと、絵本に出てきた言葉の中で一番心に響いた言葉は?

と参加者に問いを投げかけると、皆の口から殆ど違う言葉が出てくる。

『わくわくして、ドキドキした』に響く人

『安心すれば、安定するんだよ』を選ぶ人

『色なんて関係なかったんだ』

と皆それぞれ。。。にも関わらず、みんな

「きっと自分と同じところを選んでいるに違いない」

と考えるようで、他の人の発表を聞いてびっくり。



人に対して、そして子育てに於いて、

何かをしたり、言ったりする時、

『良かれと思って』行動することがある。

もしかすると、私のこれまでの行動はこれが中心になっていた

と言っても過言ではないかもしれない。


しかし、十人十色人それぞれが違うなら、

この言葉ほど、意味のなさない言葉があるだろうか。

一人よがりも甚だしい言葉。

「私がいいと思うことだからきっと人も嬉しいはず」

「私が思うことは正しいに違いない」

etc...


実際辞書で調べてみると、


“相手に対する親切心から何らかの行動をおこしたさま。この表現が使われた場合、実際には相手の利益にならないまたは相手が利益に感じない行動であったという意味が含まれることが多い。”


と書いてあるではないかいな!

この人生、半世紀も「良かれと思って」

大きなお世話・親切の押し売り…をして来た訳だ。お恥ずかしい限り。。


お恥ずかしいばかりか、

人もきっとこうだろうという思い込みが誤解を生んで、

人間関係に支障をきたすことにも繋がる。


始まったばかりの残りの半世紀は、

自分と人は違うということを、そして

自分と我が子の価値観や考えは違うということを

肝に銘じて生きていこう。。


ご静聴ありがとうございました。

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